『猫で人魚を釣る話』という漫画がめっちゃいいので読んでほしい

 漫画のレビューです。

 

 2015年に月刊スピリッツを読んでいたところ、「スネるの法則」という読みきり漫画が載っていた。

 とにかく言語センスが独特だった。それでいて読みにくいわけでもなく、奇妙なバランスを保った不思議な作品だった。作者の名前を見ると、「菅原亮きん」と書かれていて、これまたおかしな名前だなあと。

 

 頭の片隅にこの名前が刻まれていたところで2018年、『猫で人魚を釣る話』という菅原亮きん先生の連載が始まった。

 これが、面白かった。

 

 作品の内容はいたってシンプル。不器用なお医者さんが白血病の患者に恋をするという王道の作品である。シンプルな筋道なのもあって、このたび全3巻でコンパクトに完結した。

 しかし、王道であるがゆえに、表現技法において作者のセンスが光る。構図、コマ割り、ページの使い方、擬音など、非常にユニークなつくりになっている(詳しくは漫画を見てほしい)。手数が多くて芸が細かいし、読んでて飽きない。

 言語の表現も単なるフキダシだけには留まらない。携帯電話の画面で会話がなされたり、詩が挿入されたりとバラエティ豊かだ。そして、やっぱり言語センスが独特で面白い。

 

 もし、他の漫画家の作品にたとえるとするならば、とよ田みのる先生の漫画に似ているかもしれない。なお、とよ田先生は『ラブロマ』→『友達100人できるかな』→『タケヲちゃん物怪録』→『金剛寺さんは面倒臭い』と最近の作品になるにつれて表現のダイナミックさが増し、どんどん先鋭化していっている感じがある。

 菅原先生も基本的にはダイナミックな表現でバラエティに富んでいる。とよ田先生とテイストは違うものの、大まかなタイプとしては似ているのではないだろうか。

 

  概要としてはそんな感じだが、以下ではネタバレ込みで感想を書く。

  

猫で人魚を釣る話 (1) (ビッグコミックス)

猫で人魚を釣る話 (1) (ビッグコミックス)

 

 

猫で人魚を釣る話 (2) (ビッグコミックス)

猫で人魚を釣る話 (2) (ビッグコミックス)

 

  

猫で人魚を釣る話(3) (ビッグコミックス)

猫で人魚を釣る話(3) (ビッグコミックス)

 

  

 

 

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キャラクターたちについて

 まず、キャラクター作りが上手い。医者である主人公の四月一日正直(わたぬき まさなお)は「病人を診ずして病気を診よ。」という座右の銘を持っている。端々からにじみ出る不器用さ、融通の利かなさが恋愛モノにおいては良いアクセントになっている。

 ただし、その不器用さから内面の葛藤に苦しむような「こじらせ」モノではない。基本的に主人公の性格はまっすぐで、立ちはだかる問題に対して実直な答えを出していく。それこそ、とよ田みのる先生の『ラブロマ』のようだ。2巻で主人公が毎日ヒロインの家に通うという(ヘタするとストーカーじみた)場面があるが、そこにイヤらしさが感じられない。

 話としては、主人公の不器用さがどんどんほぐれていくという構成になっている。もちろんヒロインポジションにいる吉祥てらのある意味で奔放なキャラクター性がそうさせた面はあるが、てらも過去の父親の死と飼い猫の死という問題を背負っている。

 だからむしろ二人を導いたのは春樹という猫である。タイトルの通り、猫がキューピッドのポジションになっている。話の展開や、主人公自身の(隠された)感情への気づきは猫を介して起こる。このあたりも上手い。まあ、作者は明らかに猫が好きなのだろう。経験に基づいたリアリティを作品世界に持ってこれたのだと思う。

 他にもてらの幼馴染の獣医さんや主人公の病院の師長さん、フィットネスのインストラクターといったキャラクターが登場するが、とにかく悪人がいない。みんな根っこのところではサッパリスッキリした人たちで、自分の主張をはっきり言える人たちだ。

 

作品全体として

 要するに「自由」なのである。読者が自由の感覚をおぼえる作品になっていると思う。もちろん「葛藤」を描くことが重要な作品もあるだろうが、この作品では(葛藤がないわけではないが)、自由になっていく過程が基本線である。

 ウジウジ悩む過程に紙幅を割かずにテンポ良く進んでいく話は、全3巻に綺麗にまとまっている(3巻の巻末には作者の読みきりが2本載っているぐらいで、実質的には2.6巻分ぐらいで本編は終わっている)。

 全3巻の構成としても、1巻の終わり(6話)に主人公が「好き」だと告白するのがきていて、2巻の終わり(12話)にはてらが自身の主人公への気持ちを確信していくまでが丁寧に描かれている。そして3巻でクライマックスへ。よく練られた月刊連載だなあ。

 

その他個別のこと

 その2巻の終わり(12話)でてらが自宅で主人公と携帯を通じてやりとりしながらモノローグするシーンはすごく良くて感動した。

 最後3巻の14話、15話、最終話はまさにヤマだと思うんだけど、見事だった。14話は涙する主人公のシーンで僕も泣いた。クソ真面目に生きてきた人間が抑圧していた衝動に向き合うってシーンはいいですね。

 15話のベッドが飛んでいく演出もヘタするとサムくなってしまいかねないと思うんだけど、これがまた良かった。上に書いた「自由」の感覚がまさに感じられるシーンだった。

 最終話の終わり方もこれ以上ないぐらい良かった。自由に描いているようでいて、かなり収まりの良い作品だった。

  

 

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 僕は漫トロピーというサークルで毎年漫画ランキングを作っているのだが、2018年の個人ランキングでは(11月時点で)この作品を1位にした。

 最後まで読んで、自分の目に狂いはなかったなと思った。とても好きな作品なので、みなさんもぜひ読んでください。