絶対結婚2026
この記事はサークラアドベントカレンダー2025の12日目の記事です。
(この記事で書く「想い人」に会いに行って遊んでいたら12月13日になってました。すみません)
ホリィ・センは5年前のアドベントカレンダー
と3年前のアドベントカレンダー
で、自分の恋愛についての総まとめのような文章を書いた。
様々な「冒険」を経て、一つの「答え」に辿り着いた。
そう思っていた。
しかし2年前の3月のこと。
僕は想い人に「振られる」ことになった。
数日間情緒がメチャクチャになったが、もう一度相手とキチンと話し合った。
すると、別れたからと言って別に会わないというわけではない、恋愛感情がなくなっただけだ、ということが徐々に分かってきた。
そこで僕は、1ヶ月に1度程度、彼女が住む東京に会いに行くことを決意した。
――そのあたりの詳しい顛末についてはサークラ会誌Vol.12に書いた「元カノ魔界転生(幕間)——太陽の女」を参照してほしい。
会誌が一時的に在庫切れしているので、マジで読みたい人は直接ご連絡いただけるとありがたい。
ところで、僕が「元カノについての喪の作業を遂行していく」というコンセプトの私小説もどき「元カノ魔界転生」シリーズは今回の会誌Vol.14でようやく完結した(Vol.10,Vol.12,Vol.14に掲載。だいたい2万字×3ぐらい)。そのうち一本化してどこかに出すかもしれないが、ホリィ・センガチ勢(?)はとにかくVol.14を読んで完結を見届けてほしい。
それはさておき、なぜ1ヶ月に1回程度も東京に行くのか。
僕が想い人に会いたいから。これがもちろん第一の答えだ。
しかし、それには打算的な理由もある。
僕は彼女と結婚するつもりでいる。
結婚……?
「そもそも「振られた」時点でもう会わない、あるいはせいぜい友だち関係になる、というのが普通なのではないか?」という疑問が湧くことだろう。
そして彼女との恋愛は諦め、スッパリと「次」へいくものなのではないのか、と。
そうではないのだ。
たしかに、彼女との恋愛は「振られる」ことで(認めたくないが)終わった。
だが、結婚はまだ終わっていない。
どういうことか。
――恋愛と結婚との関係について解説するところから、はじめよう。
恋愛と結婚とのねじれた関係

恋愛と結婚とは強固に結びついてきた。日本では1960年代にお見合い結婚と恋愛結婚の数が逆転し、1980年代頃には恋愛結婚が圧倒的主流となった。
しかし同時に、80年代の消費文化は、恋愛そのものを「遊び」として楽しむ態度を育んだ。雑誌文化における恋愛指南やトレンディドラマのブームが象徴的である。
そのため、90年代以後は、恋愛の末に、そのゴールに「結婚」がなければならない、という考え方は衰退していった。
しかし、谷本奈穂らがロマンティック・マリッジ・イデオロギーと呼ぶように、「結婚するには、恋愛感情がなくてはいけない」という考え方は衰退していない。特に50代以下の女性においてその考え方を支持する傾向が強いという。
(このあたりのデータについては、谷本奈穂、2008、『恋愛の社会学』や、
谷本奈穂・渡邉大輔、2016、「ロマンティック・ラブ・イデオロギー再考」https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjams/31/1/31_55/_article/-char/ja/
を参照。
ただしこれらの文献で頻発される「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」なる和製用語の用法が誤りであろう点については、もぐら氏のnote
https://note.com/sagtmod/n/nf1b876592261
で詳しく解説されている)
しかし、山田昌弘が『近代家族のゆくえ』(1994)などで解説するように、恋愛という感情を基盤にしたものと、結婚という制度を基盤にしたものとの間の折り合いは決して良いわけではない。歴史的・世界的に見れば、恋愛と結婚を分離する戦略や、恋愛を抑制する戦略を採っている文化もしばしば存在するのである。
要するに、結婚ってことを考えると「生活」をすることになるわけで、特に日本では「子育て」と結婚が非常に強く結びついているわけで(日本は婚外子が非常に少ない国だ)、それらを共同でやっていこう、ってことになると「恋愛感情」とはまた全然違う話になってくるのだ。
恋愛/結婚の生理学的基盤?
敢えて生理学的な話に足を突っ込むなら、強くトキメキをおぼえるタイプの恋愛感情というものはせいぜい2~3年ぐらいしか続かないのが通常らしい(恋愛初期はフェニルエチルアミンという興奮を生む脳内物質が分泌されるが、それが2~3年後にはオピオイド(鎮静物質)に取って代わられるって『史上最強 よくわかる恋愛心理学』(2010)に書いてた)。
そのため、恋愛の延長線上で関係性を持続していくにあたって重要なのは、思いやりやスキンシップなどによって分泌されるという「オキシトシン」なのだ――と、ここまでの話は通俗的によく言われる話である。
しかし、比較的短期的な性的興奮や繁殖行動に対応する生理学的基盤(フェニルエチルアミンやドーパミン)が存在したとしても、長期的な共同生活を支えてくれる生理学的基盤があるのかと言われると……怪しいんじゃないか。
まあそもそも、恋愛と結婚とを一緒くたにしてしまっているのが不自然なのであって、むしろ「恋は3年で終わる」(ヘレン・フィッシャー)のが自然なのだろう。そりゃセックスレスにもなるというわけだ。
(元ネタ?の本)
とはいえ、セックスレスが「日本人特有の」傾向であることもまた事実である。「人間は本能の壊れた動物」(岸田秀)なのだから、文化の赴くままに、いけるところまでいこうじゃないか。
(3年前に出てた日本のセックスレス研究のこの本、けっこうおもろかった)
そう考えたときに、「恋愛が終わった」後になおも成せる関係とはいかなるものなのだろうか。
僕はこの2年、そのことを考え続けてきた。
その答えが、とにかく会いに行く、ということだったのだ。
僕が想い人にできること
「恋愛と結婚とは別ものだ」、そう言うのは簡単だ。
だが、現代日本において結婚の前提に恋愛感情があることを重視している人が多いのもまた事実である。
おそらく僕の想い人もそのようである(なによりこの僕自身が恋愛感情にドライブされながら突き進んでいっているのだ)。
このままだと彼女は、結婚できるだけの条件を備えた人、かつ恋愛感情の湧く誰かと「出会う」ことで結婚する、というルートにいくのが自然だろう。
恋愛と結婚とが「別もの」なのであれば、両取りすればいい、ということになってしまう。
となると、僕は彼女のまだ見ぬ「出会い」を超えていく存在でなければならない。
しかし、彼女はもはや僕に恋愛感情を持っていない。僕と「出会い」直すことは、彼女の記憶が喪失でもしない限りありえないのかもしれない*1。
――ここで発想は逆転される。僕にできることは、恋愛感情を、「出会い」を、結婚の基盤にすることの困難さ、その不可能性を突きつけることだ。
幸いにも(?)好奇心の旺盛な想い人は、熱しやすく、冷めやすいところがどうもあるようだ。彼女と僕とが付き合った3年間は最長期間だったようで、この点では僕に分がある。
僕は「振られ」てからも常に彼女のよき相談相手であり続けることで、疑似的にでも共同性を演出し続けている。
「疑似」どころか、月に一度東京に行くことで、実際に継続的に一緒にいるのである。好奇心の強い彼女のことだから、会ってないと忘れられそうだからね……。
さらに僕は想い人の周囲の人間とも仲良くしている。最初こそ、「振られた」人間が彼女の周囲の人間と仲良くするのには独特のハードルがあったが(「ストーカー」のように扱われるんじゃないかという不安があった)、その不安は1年ほどで払拭されたように思う。
今では彼女の周囲の人間も僕を結婚相手の候補として「推し」てくれているようだ。「外堀を埋める」を地でいっている。
このように彼女の友人関係の中に僕が埋め込まれていくことも、彼女との継続的な関係においては重要だろう(彼女にも新しく友だちができていくが、自然と共通の知り合いになっていく)。
ここまでやると、どうなるか。
いざ彼女が恋愛感情の湧く相手と結婚しようというときに、僕のことがチラつかざるを得ない、そういう状況まではもってこれているのではないか。「この人と本当に継続的に安心できる関係を築けるかは分からない。それならいっそ、ここまでの長い付き合いであるホリィ・センの方が……」と。
――そんなキモい妄想はともかく、僕が考えていることは、彼女が恋愛感情と、安定持続的な共同生活(+子育て)の可能性とを天秤にかけたときに、いずれ後者を選ぶだろう、ということだ。
都市生活は出会いが多い。出会いが多いだけに「選べない」し「選ばれない」、ゆえに結婚できない。それが厳しい現実なのかもしれない。
僕はそんな彼女の、究極の安定選択肢になりたい。彼女の恋愛感情がなかったとしても。
そこに賭けるのが最も確率が高い。そう踏んだ。
だからこそ、彼女の恋愛も大いに応援する。
それでもなお、最後に立っているのは僕だ、という余裕があるからだ。
(最初はそんな余裕はなかったが、もともと嫉妬心を感じにくいタイプなのもあり、最近は彼女の恋愛っぽい話を聞いても割と余裕を持って聞けるようになった。この1年で僕はさらに成長したのだ)
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もちろん僕にも不利な点がいくつもある。恋愛感情の問題を除いても、遠距離であること、経済的に安定していないこと……。
そこは早急に解消しなければならない問題なので、いまさらになってケツに火がついている。
まあ僕は言うても博士課程の大学院生の物書きなので、大学に就職するのが良いんだろうなと思ってる。下手の横好きでいろんな分野に手を出してきたが、そろそろ筋の通しどきだろう。
「絶対結婚2026」のためには、「絶対博論2026(年度)」が現実的にきわめて重要だ。
博士取って大学に就職する。そんで結婚。これが答えだ!
*1:彼女の僕への恋愛感情が取り戻されるルートもまだ諦めてないので、そういうルートを手助けしてくれる人もぜひ。

