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青春18ストーカーきっぷ

新年早々、青春18きっぷで東京から関西の実家まで帰っていたわけなのだが、そこで僕は神秘的な体験をしてしまった。

読書をしたり寝たり乗り換えたりしながら、ぼんやりと長い長い静岡県を抜けていき、愛知県の豊橋で乗り換えた。気がついたら寝てしまっていて、電車は大垣で停車していた。

寝ぼけた感覚でアナウンスを聞いていたが、その電車はそのまま米原に行くということで、乗り換える必要はないようだ。と、ふと気がつくと左斜め後ろにいかにも清楚な格好をした美少女が座っていた。

 

***

その美少女は携帯も触らず、ぼんやりと虚空を見つめたり、お茶を飲んだり、持ってる荷物を整理したり、上着を椅子の後ろにかけたりしていた。ちょうどその美少女の前に座って携帯を触っている女性とは大違いだ(まあ、現代では電車内で一人という人は、携帯を触っているのが一般的だ)。

僕は本を取り出して読みながらも横目でチラチラとその美少女を見ていた。すると、その美少女が本を取り出す……ん?この装丁は、「岩波文庫」じゃないか!?

 

いかにも清楚系な美少女が電車内で岩波文庫を読み始める。もうそれだけで僕は動悸が止まらなくなっていた。電車が発車し、僕は本を読んでいたが、心ここにあらずという感じで、美少女のことばかりが気になっていた。

美少女がトイレに立つ。美少女が戻ってくる。美少女が岩波をほっぽりだしてどこか虚空を見つめる。

と、気がつくと美少女は靴を脱ぎ捨てて椅子の上で正座をしながら(もしかしたらあぐらとかだったかもしれんけど、正座ということにしておいてくれ)、やはり岩波を読む(岩波が何の本なのかもすげー気になる)。おいおい、この足癖の悪さも含めてまたなんとも魅力的ではないか。

 

僕はあまりにも魅力的なその美少女に声をかけようと思った。しかし、これまで培ってきた人見知りがそれを阻む。見知らぬ人間が突然話しかけるのってどうなんだ? そもそも、さっきからこっちが挙動不審になりながら見ているのに気付いているんじゃないか? ……そんなことを考えていると、米原に着いてしまった。

 

よし、米原から更に同じルートであれば声をかけよう。……そう決心した僕はさりげなく美少女を追いかけるようにして次の電車に乗り換える。キャリーバッグを棚の上に置く。

……と、美少女が突然立ち上がり、前の方の車両に行った。どういうことだ。もしかして、ストーキングされてることがバレてしまったのか。やばいやばい。

……冷静に考えてみたが、さすがにそこまではないだろう。おそらく、外の自動販売機になにか飲み物を買いに行ったのだ、そうだそうに違いない。

そして、僕は彼女の後を追うようにして、まだ発車しない電車の外に出る。わざわざキャリーバッグを下に降ろしてだ。買いたくもない飲み物を自動販売機で購入し(僕は自動販売機で飲み物を買うために外に出たのであって、決して美少女を追いかけるために外に出たのではないというアピール!!)、自動販売機のすぐ横の車両に入る(横目でその車両に美少女が座っていることを確認済みだ!!)。

 

美少女がよく見える真横のポジションに座った僕はとりあえず本を取り出して読書のフリをする。電車が出発する。

実際少しは読書は進んだものの、読みかけだった本が読み終わったところで美少女が気になりすぎて新しい本は読めなかった。

美少女は携帯を取り出してちょっと見ていた。携帯を持っていないわけではなくて、携帯を持っているのにもかかわらず岩波を読むという選択をしているわけだ。So good!(?)

よし、話しかけるぞ。話しかけるぞ、話しかけるぞ……と思いつつ、やっぱり僕は挙動不審になることしかできない。

 

(「どこまで行くんですか?」と聞くべきか。いや、これだと会話が次に進まないな。実際僕が興味あることを聞くべきか。

じゃあ、「何の本読んでるんですか?」という質問か? うーん、これはアリかも。いやでも少し堅すぎるような気も。

「あの」とか、「すいません」とかの呼びかけを最初にある程度入れた方がスムーズじゃないだろうか、それともフランクにタメ口で話しかけるとかはどうだろう。歳も近そうだし。いや、さすがに失礼か。うーん。)

 

……そんなことを考えながら僕は立ち上がったり座ったり、服を脱いだり着たり、自分のかばんをのぞいたり、メガネをかけたり外したり。ハタから見ると完全に不審者だったと思う。しかし、僕は声をかけることができなかった。

美少女も声をかけてほしいと思っているのではないかという淡い期待も抱いたが(妄想)、結局声をかけることはできなかった。ちょっと覗き込むようにして何を読んでいるかはギリギリ把握することができた(さすがにあれだけジロジロ見てたら相手も見られていることに気づいてただろう)。

『死せる魂』という本だった。一瞬『死に至る病』かなと思った。キルケゴールなら知っているから、それをネタに話しかけるのもアリかと思ったが、『死せる魂』だと分かって、完全に意気消沈した。

 

話しかけるのはやめにして、僕は美少女を眺めていた。

本に集中している。手帳を取り出して、岩波を見ながら何かメモを取る。本に集中しすぎているのか、姿勢が変わる。隣の空いている椅子も使って横向きに体育座りするようなスタイルで本を読み始める。無邪気で、なんとも可憐だ。

 

……そして、タイムアップだ。地元の駅に着き、僕は泣く泣く電車を降りた。

こうやって話しかけたいけど話しかけられなくてウジウジしている人間は、相手から見たら完全に「ストーカー」として映るんだろうなあとしみじみ思ったわけです。完。

(同じような機会に自然に声をかけられるようにしたいし、ナンパの練習とかした方がいいんですかねやっぱり。僕は何を目指しているのだろう。