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大学生ならシェアハウスをやろう~シェアハウスのメリット・デメリット~

この文章は、僕が運営しているオープンシェアハウスサクラ荘のフリーペーパー的なもの、「季刊サクラ荘」創刊号に載せた文章です。

 

はじめに

 「シェアハウスに興味があるけど、実際やるとなると一歩目を踏み出せない」。あるいは、「そもそも一緒に始める友だちもいない」。そういう方はまず、サクラ荘に遊びに来ましょう。だいたいのイメージが掴めるでしょうし、始めるための具体的なアドバイスもできます。同じようにシェアハウスに興味がある仲間にも出会えるかもしれません。

 文章での「シェアハウスの始め方」みたいな話はまた今度にしますが、とりあえずサクラ荘に一度来てみてくださればいろいろお話できます。場所は、百万遍から今出川通りを東に行ったところ、吉田山の入り口に立っている鳥居のあたりです。検索すれば出てきます。そしてツイッター(@sakurasou_kyoto)なり、電話番号(08021233651)なりに連絡くだされば対応します。

 

 さて、今回はシェアハウスを始めることの「メリット」と「デメリットに対する反論」について書きます。私はシェアハウス信者なので、シェアハウスをひたすら褒めます。デメリットもありますが、それに対しても反論します。私の見方には当然バイアスがかかっていますが、それを差し引いても見るべきところはあるかと思いますので、お付き合いいただけると幸いです。

 

シェアハウスのメリット

 シェアハウスに住むべき3点のメリットを以下で説明します。

 

①お金(コスパ

 家賃や光熱費などが分割されるのでコスパいいです。家電も一人で使われるよりみんなで使われる方が嬉しいでしょう。

 

 

②社会性が身に付き、自分のことを自分で判断できる

 そもそも実家を出たみなさんは「一人暮らし」を何のためにしているのでしょうか? 多くを占める回答として、「親からの干渉に嫌気が差している」、「親から離れて一人暮らしをしたい」ということがあるのではないでしょうか。

 しかし、親から離れて一人暮らしをする大学生は本当の意味で親から離れたのでしょうか? 親から仕送りを受けて、子ども部屋の延長が外側にあるだけではないのでしょうか?

 京大生で言えば、親が定期的に掃除に来るような一人暮らしの学生もいると聞きます。これでは親から離れたとは言いがたいでしょう。そうではなく、シェアハウスによって他人と一緒に暮らし、自分で一つの集団を形成して、初めて「親から離れた」と言えるのではないでしょうか。

 そして、他人と一緒に暮らすことは社会に適応するための練習にもなります。シェアハウスではいろんな問題が起こります。具体的には、ゴミ出しや掃除、洗い物等の「家事」を誰がどれくらいやるのかという問題。冷蔵庫の物などを勝手に食べられてしまう問題。人間関係の問題などなど。

 しかし、シェアハウスでは一人ひとりがその責任を負います。お互いの意見をすり合わせ、妥協点を見つけていく練習になります。つまり、シェアハウスは「他人の主張を聞き入れながらも自分の主張をする、すなわち自立して責任を負うための学校」だと言えます。

 そういう意味では、シェアハウスの経験を積めば、自分にとって「何が許せて何が許せないのか」がはっきりします。これは具体的には就職後に活きてきます。「三年で辞める若者」が3割以上いる一方で、「ブラック企業」で過労やうつになる人も取りざたされる昨今です。だからこそ、「何が許せて何が許せないのか」が自分で判断できることが重要になってくるでしょう。衝動的に辞めてしまっては後悔するかもしれません。逆にブラック企業が見極められず、「辞めたいけどでも……」と辞めずにズルズル仕事を続けることが精神状態の悪化や病気に繋がりかねません。

 そうならないためにも、大学生の内にシェアハウスに住んでみましょう。

 

 

③さびしくない

 まず、中高生のクラスを思い出してみてください。中高生のクラスでは、年齢が同じというだけで、特に関係のない人たちが一つの教室に押し込まれます。趣味も違えば価値観も違う。それは当然軋轢やイジメも生じるでしょうし、「スクールカースト」みたいな状況も生じるでしょう。しかし、このように強制的に生徒たちを教室に押し込んでくれたおかげで友だちができたという人も多いのではないでしょうか。むしろ大学生になってから「人間関係が希薄になった」、「表面的なコミュニケーションしか取らなくなった」と思うことはありませんか。

 一方、大学生になると人間関係が自由になります。しかし、自由になったその分だけ、自分から誰かとコミュニケーションを取り続ける(例えば、どこかのサークルなどに能動的・継続的に所属する)必要があるのです。そうでないと、深い人間関係を作れません。以上のことを図にすると次のようになります。

 

 

高校まで(教室)

大学以降(サークルなど)

メリット

コミュニケーションせざるを得ないからこそ、深い関係の友だちができる

自由なので付き合いたい人と付き合える、付き合いたくない人と付き合わなくてよい

デメリット

関係ない人の集まりなので趣味や価値観も違い、軋轢やイジメが生じやすい

能動的・継続的にコミュニケーションを取らなければ関係が希薄になってしまう

 

 しかしシェアハウスならば、教室のように「関係ない人の集まり」でもなく、サークルのように「自分から継続的にリソースを割く」でもない。にもかかわらず「深い人間関係」を作りうる。「高校まで」と「大学以降」のそれぞれのメリットが両立できるのが「シェアハウス」なのです。

 「深い人間関係」とは言い換えれば「居場所」です。私たちは「居場所」がなければ「さびしい」のです。そして、「居場所」があってさびしくない、その余裕があって初めて、大学生として「自分のアイデンティティ」や「人生の目標」に”悩むことができる”のです(マズロー欲求段階説みたいな話だ)。

 考えてみれば、一部の大学生が引きこもって大学に行かなくなり、中退してしまうのは「一人暮らし」が原因ではないでしょうか。しかし、目の前に他者がいれば一人で鬱々と考え込んでしまう必要はありません。

 

 

シェアハウスのデメリットとそれに対する反論

 しかしもちろん、シェアハウスにもデメリットはあります。それは大きく言えば以下の2点です。

 

①他人と一緒に住むということ

 シェアハウスに住むということに対して、まず家族から反対があるかもしれません。なぜなら、「よく知らない人と一緒に住めるのか? 危険じゃないのか?」という疑問がどうしてもあるからです。

 しかし、それも家族だってほぼ同じです。傷害事件などのかなり多くの割合は家族間で起こっていますし、「家族の間には愛がある」というのはある種の幻想です。むしろ、家族や親は「自分では選べない」のに対して、シェアハウスのメンバー(そして、恋人や結婚相手)は「自分で選べる」という点を見れば、家族よりも安全な可能性すらあります。というか「居場所」の問題で苦しんでいる人や、精神的に不安定な人の多くは「家族」や「親」にこそ苦しんでいるのではないでしょうか。

 

 「知らない人と一緒に住む」ということに関してもっと現実的な問題は、それぞれのメンバーの家事水準がバラバラだということです。あまり掃除をしなくても平気な人もいれば、綺麗好きな人もいるでしょう。そうなると、どうしても家事が特定の人に集中してしまい、一方でその他の人が家事コストを支払わない「フリーライダー」になってしまいます。

 その他にも、対人関係を含めたいろいろな問題は生じるでしょう。しかし、これは逆にメリットです。なぜならこの問題は、メリットの2点目で述べた「社会性」とコインの裏表の関係にあるからです。シェアハウスに住んで問題が起きるのは当たり前です。というよりも深い人間関係を築けばそもそも問題は起きるものです。大事なのはそれをどう乗り越えるかです。「お互いの意見をすり合わせ、妥協点を見つけていく」という基本的な社会性を身に付けられるのは、社会に出る前である大学生の内こそが最後の機会でしょう。

 私は「成長のため・社会のためには苦労は買ってでもしろ」という、ブラック企業のようなことが言いたいのではありません。成長する(社会性を身に付ける)ためには失敗するのが一番の近道なのだから、「失敗が許される内に失敗しておいた方がいい」ということを言っているのです。だから、「大学生の内にシェアハウスをした方がいい」と言っているのです。

 

 

②プライベートを確保できなくなる

 2点目のデメリットはプライベートが確保できなくなるということです。どうしてもやはり「一人の時間」がほしいという人はいるでしょう。これには二つのレベルがあります。「一日に数分~数時間、一人で考えたり作業したりする時間がほしい」という日常的なレベルと、「ケンカしてしまって気まずいから引きこもりたい」という一時的なレベルです。

 まず日常的なレベルの方で言えば、「一人の時間」がどれだけ必要なのかということになります。第一にそもそもそんな明確に一人の時間は必要でしょうか。よくよく考えればお風呂の中やトイレの中、外で歩いているときや寝るときなど、一人になる瞬間はそれなりにあるように思われます。また、何かについて考えたいときに一人で考えてばかりだとどうしても視野が狭くなりがちです。誰かに話して言語化した方が考えは捗るかもしれません。

 もちろん、作業によっては「一人で集中しなければならない」ことはあるでしょう。例えば、読書や勉強などは複数人でやることもできますが、どちらかと言えば一人でやることです。他の人が違うことをしていると「気が散る」という人も多いでしょう。

 そして、「ケンカしてしまって気まずいから引きこもりたい」というような一時的なレベルにおいては、確かにいったん距離を置くことは重要です。だから私も「常に他人と一緒にいろ」と言っているわけではありません。

 そこで「個室」が重要になってきます。本当に一人になりたいとき、ケンカしてしまって距離を置きたいときというのはあるものです(漫画家がファミレスで作業をするような「外ごもり」も一つの選択肢かもしれません)。

 ただ、だからと言って、最初から引きこもるのはオススメできません。「基本的には一緒に住んでいる人がいるから寂しくない。でも、一人になりたいときは一人になれる」、そういうバランスがシェアハウスにはあります。

 

 

おわりに

 他にもシェアハウスにおける「性」の問題や、日本の家族形態一般との関係など、紙幅の都合上書ききれなかったことはあります。しかし、大学生がシェアハウスに住むべき理由の大きなエッセンスは書きました。一人でも多くの大学生のみなさんがシェアハウスに興味を持ち、よければサクラ荘に来ていただけると幸いです。

 最後に私の野望について。私はまず、サクラ荘の活動によって、京都の学生街でシェアハウスを30軒ぐらい作ろうと思っています。これだけでも時間のかかる活動だと思います。しかし、それだけでは終わりません。シェアハウスという形態を一般化させ、京都だけでなく全国に、大学生だけでなく全世代に広げたい。そして、「シェアハウス」という言葉は過渡期的に戦略として使っている言葉に過ぎません。最終的には「家族」という言葉が血縁を指すわけではなく、「お互いに尊重し合い、一緒にいたいと思える、かけがえのない同居人」のようなものを意味するようになればいいなと思います。